モザイクアプローチ+GISで考えるストーキング防止――「点」では見えない危険を地図で捉える

モザイクアプローチとGISを組み合わせ、ストーキングの兆候を時間・場所・行為から可視化するイメージ AIの応用
モザイクアプローチ+GISで考えるストーキング防止

ストーキングの難しさは、一つひとつの出来事だけを見れば、それほど重大に見えないことがある点にある。

「帰宅途中で同じ人を見かけた」

「自宅近くに見覚えのある車が停まっていた」

「SNSに何度もメッセージが届いた」

「勤務先の近くにも現れた」

「知らないはずの場所を相手が知っていた」

一件だけなら偶然かもしれない。

だが、これらが時間を変え、場所を変えながら繰り返されていたらどうだろう。

ここで重要になるのが、モザイクアプローチという考え方である。

小さなタイルを一枚だけ見ても何が描かれているのかわからない。しかし、多数のタイルを並べていくと、一つの絵が浮かび上がる。

ストーキング対策でも同じだ。

そして「いつ」「どこで」が加わるこの問題は、GIS(地理情報システム)との相性が非常にいい。


モザイクアプローチとは何か

本稿でいうモザイクアプローチとは、単独では意味を判断しにくい複数の兆候を組み合わせ、全体として危険性を評価する考え方を指す。

海外には「MOSAIC」と呼ばれる脅威評価手法もあり、専門家が複数の情報を一定の枠組みに沿って評価し、判断のばらつきを抑える考え方が利用されている。重要なのは、コンピューターが自動的に「危険人物」を決めるのではなく、専門家による判断を支援するための仕組みだという点である。

ストーキングを考える場合、

  • つきまとい
  • 待ち伏せ
  • 見張り
  • 自宅や勤務先付近でのうろつき
  • 電話やSNSによる繰り返しの接触
  • 位置情報の無断取得
  • 勤務先や学校などへの接触

といった事象を、それぞれ別々の出来事として処理してしまうと全体像を見失いやすい。

警察庁も、つきまとい、待ち伏せ、見張り、押しかけ、うろつき、連続した電話・メール・SNSメッセージ、位置情報の無承諾取得などをストーカー対策の対象となる行為として示している。

つまり問題は、

「点があるか」ではない。

「点と点の間に関係があるか」である。

ここにGISを入れる。


GISに載せると「点」が「動き」に変わる

GISというと、道路、建物、土地、災害区域などを表示する地図を思い浮かべることが多い。

しかしGISの本質は単なる地図表示ではない。

位置をキーにして異なる情報を重ね合わせることにある。

科学警察研究所でも、犯罪発生場所の状況や犯罪予防施策の評価にGISを利用し、犯罪の空間分析を行っている。また、ストーカー、DV、デート暴力などの警察相談記録を用いたケース管理やリスク要因分析も研究対象になっている。

たとえば相談記録として次のようなデータがあったとする。

日時種別場所内容
8月1日 18時目撃駅付近同一人物らしき人物
8月3日 20時待ち伏せ自宅周辺帰宅時に確認
8月5日 12時接触勤務先周辺建物付近に出現
8月7日 19時目撃スーパー付近再び確認

Excelの一覧だけを見ていると、4件の記録である。

GISに載せると意味が変わる。

駅 → 自宅 → 勤務先 → 日常的に利用する施設。

時間順に表示すれば、

「被害者の生活圏に沿って事象が発生しているのではないか」

という空間的な関係が見えてくる。

ただし、ここで重要な原則がある。

この地図は加害者が被害者を追跡するための地図ではない。

被害を防ぐ側が、既に相談・通報された事象の関係を把握するための地図である。

この違いは非常に大きい。


「場所」だけでなく「時間」を重ねる

ストーキング防止GISを考えるなら、緯度経度だけでは足りない。

重要なのは、

場所 × 時間 × 行為

である。

GISデータとして考えるなら、概念的には次のようになる。

case_id
event_date
event_time
event_type
location
risk_level
source
status

ここで個人名を地図表示する必要はない。

ケースIDで十分である。

さらに位置についても、一般職員が見る画面で被害者の自宅を正確なポイントとして保存・表示する必要はない。町丁目、メッシュ、一定範囲などへ粗粒度化することもできる。

たとえば、

相談
  ↓
事象をケースID化
  ↓
日時・種別・位置を記録
  ↓
PostGIS
  ↓
空間・時間条件で集計
  ↓
WebGIS
  ↓
担当者が全体像を確認

という流れである。

これだけでも紙の相談記録とは全く違う世界になる。


PostGISなら「重なり」を検索できる

本丸はここである。

Web地図で目視するだけなら一般的なGISでもできる。

しかし数十件、数百件の相談を扱うようになれば、人間が一つずつ確認するのには限界がある。

そこでPostGISを使う。

たとえば、

  • 同一ケースで一定期間内に複数回発生している
  • 同じ生活圏周辺で事象が増えている
  • 自宅周辺と勤務先周辺の双方で発生している
  • 特定時間帯に集中している
  • 接触方法が変化している

といった条件をデータベース側で抽出できる。

重要なのは、これを

「犯人を自動的に見つけるシステム」

にしないことである。

GISとPostGISが行うのは、

人間が見落としやすい情報の重なりを提示すること

まででいい。

最終的な評価は警察、自治体、支援機関など適切な権限と専門性を持った人間が行う。


「1件ずつ処理する」方式の弱点

従来型の相談処理では、どうしても案件単位で考えやすい。

8月1日の相談。

8月3日の相談。

8月5日の相談。

それぞれを見る。

しかし人間には記憶の限界がある。

担当者が変わればなおさらである。

モザイクアプローチ+GISでは考え方を逆にする。

従来モザイクアプローチ+GIS
1件の相談を見る複数の事象を重ねる
文章中心地図+時系列
担当者の記憶に依存データとして蓄積
場所を住所で認識空間関係として認識
過去記録を個別検索条件から関連事象を抽出
事件後の確認になりやすい兆候段階で変化を発見する

ここでGISの強みが出る。

住所は文字列である。

GISでは住所が位置関係になる。

「A町1丁目」と「B町3丁目」という文字列を見ただけでは関係がわからなくても、地図に載せれば「徒歩数分しか離れていない」とわかることがある。

それがG空間情報の力である。


2025年の法改正でも「位置情報」がさらに重要になった

ストーカーと位置情報の関係は、すでに制度上も重要な問題になっている。

2025年12月30日施行の改正ストーカー規制法では、紛失防止タグを用いて相手の位置情報を承諾なく取得する行為などが新たに規制対象に追加された。また、被害者の勤務先や学校も援助に関わる主体として位置付けられた。2026年3月10日からは、ストーカー行為をするおそれがある者への被害者情報の提供を防ぐための仕組みも強化されている。

さらに2026年7月28日には、関係省庁会議による新たな「ストーカー総合対策」が示されている。

つまりストーカー対策では、

位置情報をどう利用するか

と同時に、

位置情報をどう守るか

がセットになる。

GISを導入すればよいという単純な話ではない。


GISだからこそ「見せない設計」が必要になる

ここは極めて重要である。

ストーカー対策GISに、

被害者氏名
正確な自宅位置
毎日の通勤経路
勤務時間
日常的に利用する施設

をそのまま登録し、誰でも閲覧できるようにしたら、本末転倒である。

GISには大量の情報を重ね合わせられる。

だからこそ、権限管理を間違えると危険も大きくなる。

実際のシステムなら、

①匿名化・仮名化

氏名ではなくcase_idを使う。

②位置の粗粒度化

必要のない画面では正確な住所を表示せず、メッシュや一定範囲として表示する。

③ロールベースのアクセス制御

相談担当、管理者、警察連携担当などで閲覧できる情報を変える。

④アクセスログ

誰が、いつ、どの案件を閲覧したか記録する。

⑤必要最小限の保存

「取得できるデータは全部保存する」ではなく、目的に必要なデータだけを扱う。

こうした設計が前提になる。

GISは情報を見せる技術であると同時に、

「誰に、どこまで見せないか」を設計する技術でもある。


ヒートマップだけでは足りない

犯罪GISというと、事件数を色分けしたヒートマップを思い浮かべるかもしれない。

もちろん地域全体の傾向を見るには有効だ。

だがストーキングでは、それだけでは足りない。

重要なのは総件数ではなく、

同じケースの中で何が変化したか

だからである。

最初はSNSだった。

次に駅で見かけた。

その後、自宅付近に現れた。

さらに勤務先周辺でも確認された。

この変化を地図とタイムラインで同時に見る。

たとえば画面左側に時系列を置き、右側にMapLibreなどのWebGISを表示する。

8/1 SNS接触
 ↓
8/3 駅周辺
 ↓
8/5 自宅周辺
 ↓
8/7 勤務先周辺

行をクリックすると地図が該当エリアへ移動する。

これなら専門的なGIS操作を知らない相談員でも使える。

技術的には難しい仕組みではない。

PostgreSQL/PostGISでデータを管理し、Streamlitなどで検索画面を作り、MapLibreで地図を表示すれば成立する。

問題は技術そのものではなく、

どの情報を組み合わせれば危険の変化に気付けるかという設計思想

である。


AIを組み合わせるなら「判定」ではなく「整理」

ここに生成AIを加えることもできる。

ただし、

「この人はストーカーですか?」

とAIに判定させるシステムにはしない方がいい。

AIが向いているのは、もっと手前の作業である。

たとえば長い相談記録から、

  • 日時
  • 場所
  • 接触方法
  • 回数
  • 前回からの変化

を整理する。

「過去30日間にどのような変化があったか」

「自宅周辺で記録された事象を時系列に並べて」

と問い合わせる。

MCPなどを介してPostGISと生成AIを接続すれば、こうした自然言語による検索も技術的には可能になる。

つまり、

AI=整理

PostGIS=検索・空間演算

GIS=可視化

人間=判断

という役割分担である。

この分離が重要だ。


モザイクアプローチとGISが補完関係になる理由

考えてみれば両者は非常に似ている。

モザイクアプローチは、

複数の小さな情報を組み合わせて全体像を見る。

GISは、

複数の地理情報レイヤーを重ね合わせて全体像を見る。

基本思想が同じなのである。

一つのレイヤーだけでは意味がない。

相談記録。

時間。

場所。

事象の種類。

周辺環境。

過去の記録。

それらを重ねた瞬間、初めて見えるものがある。

地番図と航空写真を重ねれば土地の状況が見える。

洪水区域と人口を重ねれば防災上の課題が見える。

森林計画図と衛星画像を重ねれば森林変化が見える。

それと同じように、

時間・場所・行為を重ねることで、人身安全上の変化を見る。

これも立派なGISの用途である。


GISの価値は「事件が起きた場所を描く」だけではない

従来、犯罪とGISというと、

「事件が起きた場所を地図に表示する」

という利用が中心に見えた。

しかし本当に価値があるのは、その一歩前ではないだろうか。

事件が起きてから地図に赤い点を置くのでは遅い。

まだ決定的な事件には至っていない小さな兆候を蓄積し、

「これは単独の点ではなく、一つのパターンではないか」

と気付く。

そのためにGISを使う。

科学警察研究所がGISを犯罪予防施策の分析に利用し、ストーカー等の相談記録からリスク要因を分析する研究を行っていることからも、GISと人身安全分野の組み合わせは決して突飛な発想ではない。

むしろ、位置と時間を伴う現象を扱う以上、自然な組み合わせである。

GISは地図を描くソフトではない。

ばらばらに存在する情報の関係を発見するための道具である。

モザイクアプローチもまた、一つの情報だけで結論を出さず、複数の兆候から全体像を見る考え方だ。

この二つを組み合わせれば、

「事件発生地点を記録するGIS」から「危険の変化に気付くためのGIS」へ

一段進めることができる。

もちろん個人情報保護、アクセス権限、誤判定防止は大前提である。

だが技術的な部品はすでに揃っている。

PostGIS。

MapLibre。

WebGIS。

時系列データ。

そして必要ならAI。

新しい巨大なシステムを一から作る必要はない。

必要なのは、それらを

「被害を未然に防ぐ」という目的に向けて組み合わせる設計思想

なのだ。


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