πは作図できないのに、なぜGISでは地図に描けるのか

πは作図できないのにGISでは地図に描ける理由を示すイメージ この違いわかる?
定規とコンパスでは厳密に作図できないπも、GISでは近似計算によって地図として表現できます。

πはなぜ特別なのか

「円周率πは作図できない」——そう聞くと、少し不思議に思う。GISでは円を普通に描けるからだ。地点をクリックして半径1kmのバッファを作る。円の面積を計算する。地球を地図として表示する。どれも日常的な処理だ。では、数学で「作図できない」とされるπを、なぜGISでは当たり前のように扱えるのか。ここには、数学とコンピュータ、そしてGISの本質に関わる構造がある。

円周率πは 3.141592653589793… と小数が無限に続く。ただ、πが特別なのは「無限に続く」からだけではない。たとえば√2も無限小数だが、x² − 2 = 0 という方程式の解として表せる。こうした数は「代数的数」と呼ばれる。ところがπは、整数を係数とするどんな有限次数の多項式方程式の解にもならない。こうした数を超越数と呼ぶ。代表例がπと自然対数の底 e だ。

円と同じ面積の正方形は作れない

πに関係する有名な問題に「円積問題」がある。半径1の円の面積はπ。この円とまったく同じ面積を持つ正方形を作ろうとすると、一辺の長さは√πでなければならない。しかしπは超越数だ。定規とコンパスだけを使った有限回の古典的作図では、√πを厳密に作ることができない。つまり、円とまったく同じ面積を持つ正方形を、定規とコンパスだけで厳密に作図することは不可能ということになる。

GISはπを近似している

GISでは、円を描く、バッファを作る、面積を計算する、地球を平面地図に投影する、といった処理を普通に行う。一見すると「作図できないはずのπを、GISでは作図している」ように見える。しかし実際には違う。GISが扱っているのは、数学的に完全なπではない。

本当のπは 3.141592653589793238462643383279… と無限に続く。コンピュータは無限桁をそのまま保存できない。そこで 3.141592653589793 のように、必要な精度まで切った近似値を使う。GISも同じだ。「超越数 → 近似値 → 座標 → ピクセル」という処理を行っている。つまりGISは、πを完全に表現しているのではなく、実用上十分な精度まで近似している

地球そのものも数学モデルである

この話はπに限らない。GISで表示している地球そのものも、現実の地球をそのままコンピュータに入れているわけではない。まず地球を、球・回転楕円体・測地基準系などの数学モデルとして扱う。さらに、その曲面を平面の画面に表示するために地図投影を行う。たとえばWebメルカトルでは、緯度φからY座標を求める式にπ、対数、三角関数が登場する。地図をスクロールしているだけだが、その裏側では高度な数学が動いている。

座標も「完全な一点」ではない

たとえば、緯度35.552750・経度138.209059 という座標があるとする。GISでは明確な一点に見える。しかし現実世界では、35.5527501、35.55275001、35.552750001… と、さらに細かい位置を考えることができる。コンピュータはどこかで数字を有限桁にしなければならない。さらに最後は「座標 → 画面上のピクセル」へ変換される。つまりGISでは、「現実世界 → 数学モデル → 座標 → 有限精度 → ピクセル」という何段階もの変換が行われている。

GISで境界が少しずれる理由

GISを使っていると、「本来は同じ境界なのに、少しずれる」ということがある。ポリゴン同士に細い隙間ができる。微小なスリバーが発生する。点が境界上か内側かで判定が不安定になる。Intersection後に極小ポリゴンができる。もちろんデータ作成上の問題もあるが、その背景には連続した現実世界を、有限精度のコンピュータで扱っているという根本的な問題がある。GISでは常に「どこまで同じ位置とみなすか」という判断が必要になる。

PMTilesも現実世界を有限にしている

WebGISでは、地図をタイルに分割して表示する。PMTilesもその一つだ。Zoom 8では広域を、Zoom 14では市街地を、Zoom 18では建物や道路を見る。Zoomを上げれば細かくなるが、どこまでZoomしても現実世界そのものにはならない。必ず有限の解像度がある。つまりタイル地図も「連続した現実世界 → 有限なデータ」という変換を行っている。少し大胆に言えば、GISは連続空間をデジタル空間へ量子化する技術と見ることもできる。物理学の量子化とは意味が違うが、「連続したものを有限の単位に分ける」という構造には共通するところがある。

「厳密な数学」と「GISの実用」

数学的な厳密さとGISの実用的な扱い方を整理する。

対象数学的な厳密さGISの実用
π(円周率)無限桁の超越数倍精度浮動小数点(約15桁)で十分
円の作図定規とコンパスでは不可能近似多角形(64〜256頂点)で描画
座標無限精度の実数小数6〜8桁の有限精度
地球の形状不規則なジオイド回転楕円体(GRS80等)でモデル化
地図投影曲面→平面で必ず歪む用途に応じた投影法で歪みを制御
境界判定点の位置は厳密に決まるトレランス(許容誤差)で判定

こうして見ると、GISは「厳密さを捨てている」のではなく、実用に必要な精度を見極めて、有限の計算資源で最大限の成果を出す技術だということがわかる。

地図とは「無限を有限にする技術」

GISでは円を描ける。地球も描ける。距離も面積も計算できる。しかし、それは数学的に完全な世界をコンピュータの中に再現しているという意味ではない。必要な精度まで近似しているから、実用的に扱える。「表示できること」と「完全に表現できること」は違う。GISを使っていると、この違いを日常的に体験している。

πは無限に続く。現実の空間も、どこまでも細かく見ることができる。しかしコンピュータは有限だ。GISは、その両者の間をつないでいる。無限に続く数を有限桁へ。曲面の地球を平面へ。連続空間を座標へ。地理空間をタイルへ。座標をピクセルへ。そう考えるとGISは、単なる「地図を描く技術」ではない。無限に細かい現実世界を、有限のコンピュータで扱える形に変換する技術だ。そしてその入口に、πのような超越数がいる。

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